2014/04/13

次男坊、生誕す

去る記念すべきわたくしめ39歳の誕生日である4月11日昼過ぎ、妻が産気づきました。夕方頃から陣痛が本格化してきましたので、妻を連れて病院に行きましたら、早速分娩室に入ることになりました。経産婦ですから、いつ産まれるか分からないとのこと。その時点でだいたい4分間隔の陣痛でしたから、これはひょっとすると俺と同じ誕生日になるかもしれないぞ、と私はほくそ笑みました。

その日は他に産気づいた妊婦さんもおらず、時々様子を看に来てくださる助産師さん以外は人気もなかったので、分娩室では妻とずっと二人きりでした。先日作成した例のCDをBGMに、時に話し時に黙し、妻は定期的にやってくる陣痛の痛みに耐えながら、その瞬間を待ちました。このうえなく、美しい時間でした。

ときが経つにつれ、陣痛は激しくなってきます。しかしその間隔はなかなか狭まらず、23時を過ぎてもまだ3分間隔でした。もう今日中は無理だろう、諦めました。まあいいではないか、おれと同じ誕生日ではなくとも、わが子に変わりはないのだから。。。そして結局日付が変わり、さあ、いつ産まれるのかな?ひょっとすると長丁場かもしれんと思った直後の0時2分、破水。

そこからは流石の経産婦、凄まじい痛みに耐えながら20分後の4月12日0時22分、3512gのビッグベイビーを無事産みました。なんというか、嬉しいのですが、惜しい!

妻が言うには一日間違えたのだろう、と。もしそうならよっぽどおっちょこちょいの息子がファミリーに加わったようです。まあ、毎年4月11日が来るたびに、この話しで盛り上がることでしょう。それだけでもなんだか可笑しいやつです。

ちなみに、例のCD、この子が産まれるために書き下ろした曲を最後に入れていたのですが、その一曲前で産まれました。そこも惜しい。

そして、顔も、エコー写真などでは鼻が高く見えましたので、妻似の男前になることを期待していたのですが(妻は誰かと問われれば三上博史や伊勢谷友介に似ています)、出てきたのはどうみてもはなぺちゃでのっぺりしたモンゴロイドな顔でありました。三上博史というよりは左とん平です。これも惜しい。惜しくはないか。

そんな次男坊ですが、しかし愛おしくてたまらないのは、我が子だからでしょう。
葉太(ようた)と名付けることにしました。

新しく書き下ろしたのはこんな歌でした。

『葉脈』
待ちに待った今日は君に会える日
やさしい風が新緑の葉を揺らす日

君が泣いたら皆が笑う
ようこそ世界へ

葉脈みたいに
太く朗らかに
広がり繋がる
健やかな人生を


39歳の誕生日は、このようにして、この上なく素晴らしい一日でした。
死ぬまで忘れることはないでしょう。

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